ほんとうの笑顔のカタチ

2021/06/09いつか2021ニュース

ほんとうの笑顔のカタチ

出会いは突然に訪れて、そして時間とともに形を変えてどんどん想定を超えたところへ導いてくれる事があります。
これは作品の話でもありますが、人との出会いの話でもあります。

『One Day』という作品に出会ったのは、韓国滞在中に偶然映画が公開されたばかりだったからでした。
その原作者のイ・ユンギ監督と出会ったのは2006年、たまたま仕事の縁で私が監督の通訳を担当した事があったからで、当時映画関係の仕事をしていた私ですが、監督とは「そのうち一緒に映画を作りたいね」と話していたものの、それは未だに実現していません。

板垣さんとの最初の出会いは2008年。板垣さんが演出されていた『ラムネ』という作品を観劇した後に会場でご挨拶したと記憶しています。この作品自体に私は関わっていませんでしたが、当時私は韓国ミュージカルのコーディネーターという仕事もしていた関係で、韓国がらみ、韓国原作の作品の現場にはよく顔を出していました。それから随分と時間が経って2016年、会社を辞めたばかりの私が舞台を作る側の人間として正式に板垣さんに名刺をお渡ししたのは『滝廉太郎の友人、と知人とその他の諸々』の現場に少しだけ携わらせていただいたときでした。

その翌年である2017年、『グーテンバーグ・ザ・ミュージカル』という現場で凄い才能に出会います。作曲家の桑原まこさんです。これが私の最初の、ミュージカルプロデュース作品でもありました。そして、この現場には日本語上演台本・訳詞・演出家として板垣さんも参加されていました。

こうして2006年にイ監督に出会ったことから始まった道のりは2019年に『いつか〜one fine day』という形で焦点を結びました。イ監督に出会ったときはもちろん、板垣さんに出会ったときも、桑原さんに出会ったときですら、『いつか』という作品が生まれるとは思っていませんでしたから、今更ですが客観的に「不思議」と「驚き」を感じてしまいます。

誰かに出会った事で、少しずつ自分が想定していたこととは違うステージに導かれてきたわけですが、コロナ禍でもネットワーク越しにそんな出会いの種がたくさん生まれました。
しかし一方で、直接会って感じられる解像度4K以上レベルの感覚はどこかで失われてしまった感じがあります。
「見る」「聞く」「話す」はできますが、同じ空間で感じる温度感、ざわめき、匂い、触感のようなものを共有することは難しく、どこかしら少しずつ閉鎖的になり後ろ向きになる自分を感じたりもした一年間だったように思います。
昨年2月の最初の中止公演『HUNDRED DAYS』からの流れでひたすら走り続けて、今年の3月公演『サイドウェイ』が終わったときに『いつか』の再演を控えてふと立ち止まって考えてみました。何かが麻痺しているかもしれない。
今一番楽しくて、そして逆に一番つらい事ってなんだろう。
つらい事なら些細なことがいくらでもありました。眠たいのに眠れない、食べたいのに食べれない、行きたいのに行けない、会いたいのに会えない・・・。
こうありたいのにそうできないとき、そうできない状況にあるとき、それが不可抗力であっても無力さを感じてしまったり。ありたい状況、やりたい事の本質から自らを遠ざけることは疎外を生み、生まれた疎外は負のエネルギーになって誰かを傷つけてしまうことだってあり得ます。
私自身、これほどやりたい事をやっているはずなのに、何故か自分の心がその真ん中にいないような不安を感じている事に気付いたのです。
ああ、やりたい事をやっているはずなのに全然楽しんでないな自分、と。

強引ですが、この『いつか〜one fine day』の劇中で出会った人たちは、それぞれにつらさを抱えながら、それでも出会った誰かに寄り添おうと努めます。それが不格好なものだとしても。
自分の心にさえ寄り添えていないのに、他人の気持ちに寄り添うなんて更に難しいことだと思いますが、寄り添える関係性を作ることでしか見出せない人間同士の付き合いの面白さというのがあるような気がします。
そうした出会いを通してこの作品が生まれたわけでもありますから。
そして今回集まってくださった新たな出演者の皆様もまた、『いつか』を「こういう作品でもあるのか」という次元に導いてくださいました。

会いたいときに会える。

コロナ禍が明けても、その幸福感を愛でられる気持ちを忘れないでいたいものです。テルやエミたちが見つけたであろう「ほんとうの笑顔のカタチ」のように。

『いつか~one fine day』をご覧の皆様とともに笑顔でいられますように。

2021年6月9日
プロデューサー
宋元燮

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